marukunさんの旅行記
テーマ:
旅行記タイトル:イスタンブール旅情 イスタンブール旅行記 永遠の都
旅行期間:1991/08/〜1991/08/

旅行記の内容:
http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/
とにかくトルコへ行こうと駆り立てられていたが、この国に関する知識はほとんど何もなかった。
しかし、旅には地理的、文化的、あるいは感覚的いかんによらず、―旅の漫ろ心―を駆り立てられ、それを求める場所=トポスがあるはずだ。
私にとってそれがたまたまトルコという―記号―であっただけのことだ。
旅の漫ろ――それは、自らのとるに足らない人生と、悠久の歴史的なものが持ち合わせる空気のようなものと波長が合わさったとき、その場所が旅の移動祝祭として選択される。
「真実は旅にある」というキャッチフレーズを当時創刊された旅行雑誌ガリバーが掲げていた。
たしかに真実は旅にある。
しかし、そうとばかりはいってられないことも旅は諭してくれる―――。
写真:
http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/
とにかくトルコへ行こうと駆り立てられていたが、この国に関する知識はほとんど何もなかった。
しかし、旅には地理的、文化的、あるいは感覚的いかんによらず、―旅の漫ろ心―を駆り立てられ、それを求める場所=トポスがあるはずだ。
私にとってそれがたまたまトルコという―記号―であっただけのことだ。
旅の漫ろ――それは、自らのとるに足らない人生と、悠久の歴史的なものが持ち合わせる空気のようなものと波長が合わさったとき、その場所が旅の移動祝祭として選択される。
「真実は旅にある」というキャッチフレーズを当時創刊された旅行雑誌ガリバーが掲げていた。
たしかに真実は旅にある。
しかし、そうとばかりはいってられないことも旅は諭してくれる―――。
この愛すべきイスタンブールとアナトリアの大地にお別れを告げなければならない日がやってきた。
私がイスタンブールにて旅の拠点にしていたPホテル。
グランドバザールへは大通りのイェニチェリレル通りを隔てて300メートルにも満たない距離にある坂の上に建つホテルだ。
チャルシュカ地区というさして変哲もない住宅街にある、さらに特筆すべきものが見当たらない近代的ホテルだ。
このホテルの最上階にあるダイニングのテラスから旧市街が一望できる。
この景観だけでもこのホテルに五つ星を与えてもよいと思える。
チャイを飲みながらこの町の思索に耽ったトプカプ宮殿、土産物を手に執拗な物売りの少年たちの縄張りであるアヤフメット寺院、それら思い出の地が一望でき、モスクの背に朝日を拝めることができる。
新市街のガタラ塔からではない、ボスフォラス大橋からでもない、旧市街東サラチハネ地区にあるヴァレンス水道橋からでもない、他の何処でもない、此処から見渡すイスタンブールの町並みこそが、私にとってのイスタンブールであった。
南に目を移せばマルマラ海だ。
相変わらず沖合いにはタンカーや漁船が停泊している。
月を眺めながら焼き魚に舌鼓を打ち少年を困らせたクンカプの港、あの少年は今時分はどうしているのだろうか。
朝靄に包まれて、やけに感傷的になることが自分でもよくわかる。
感傷はよそう―――。

西の空を白みなじめ、いつものように鳩たちが飛び回っている。
もうすぐ礼拝の時を告げるアッザーンが町じゅうにこだまするはずだ。
ようやくザッザーンが心地よい朝の?悦びの詩?に聞こえなくもないようになったのに、もうイスタンブールとお別れを告げなければならない。
如何ともしがたいこの離別の心情を、的確にまた情緒たっぷりに伝えてくれる名文を引用させていただき、手助けを願おう。
「――古都の氷雨降るなかを花嫁は白いウェディングドレスに包まれて去って行った。
折りしも数多くのミナレットからはコーランの夕べの祈りの一節が流れ始めた。
―――そして私はそれら美しいジャミィ(寺院)に別れを告げなければならない。
いかに愛惜の情切々たるものがあっても、私はやはり異邦人なのだ。
私はやはり日本人であって、この国の人間になり切る能力はなく、たとえ社会の異分子としてでも日本という「場」に生きていく以外に道はない。
旅の間にいろいろな国々のさまざまな人間に出会ったが、「世界は一つだ!」とか「国境と肌の色を超越して、人間はすべて心底まで理解し合えるのだ!」などという大向こうの喝采を浴びるような台詞を吐く自信はついに生まれなかった。
もちろんこのトルコという国において、心の友を持つという奇跡が実現したことは、これからの私を一生支配するだろう。
だが、個々と全体とは別の次元に属する。
「人間」というものについて、私はやはり「人間というものは如何によく互いに似ていて、同時に何とよく異なっていることか!」と嘆じたはるかな昔の天才の言葉以上のものを知らぬ。
人間にとって一番未知なものは、宇宙空間の彼方にあるものではなくて人間自身に内在するものではあるまいか―――。
トルコを去る日は小雪が舞っていた。
なれ親しんだ寺院や街々が薄化粧していた。
親しい人々に囲まれ、友と互いに両頬と眼に口けし合う別離の挨拶をすると、初めて自分がこの国を去っていくのだという感慨に胸がいっぱいになり、眼頭が熱くなった。
地球が狭くなったとはいえ、やはりトルコは遠い国である。
心の中ではどんなに近い存在になろうとも。
もつれがちの舌でせいいっぱい努力して友にこう叫ぶのが私にできるすべてであった。
「シンシャラー!ヤクンダレクラル!(もし神が許し給うなら、再び!)」――――。
『遠くて近い国トルコ』大島直政著 中央公論社刊 ) 」

トルコを去る心情を、ともすれば私と同様に感傷過多になりすぎがちだが、披露を迎えなお心を打つ文章だと思う。
そして、これはトルコを旅したひとにだけ通じる話ではない。
トルコをフィジーでもブタペストでもグリーンランドでも熱海でも登別でも、どこにでも置き換えられる話なのだ。
あらゆる旅人に、いや、むしろあらゆるひとびとに通じることなのだ。
あらゆるひとの―出会いと別れ―に。
私がトルコを去る日は雪、ならぬ鳩が舞っていた。
日の出前に放たれる光のプリズムがさざ波をたてる海にきらめきながら落ちていく。
無窮の憧憬をこの時この地に刻まんとばかりにあてどもなく飛翔しつづける鳩の群れは、紫からやがて茜色に変わりつつある夕焼けのような荘厳な朝日のなかに溶け込んでいった。
海がざわつきはじめたような気がした。
一瞬ではあるが空気の匂いも変わった。
遠くどこかで汽笛が鳴った―――。

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