marukunさんの旅行記
テーマ:歴史・文化・芸術
旅行記タイトル:イスタンブール イスタンブール歴史地区 ― 白い歯
旅行期間:1991/08/〜1991/08/

旅行記の内容:http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/
―― 白い歯 ――
新市街の中心地アタチュルク広場からそのまま旧市街地の観光に向かう。
怠惰な体をひきずるようにして、6本のミナレットがそびえたつ大きなモスクにいる。
このモスクはブルーモスクの愛称でしられ、1616年、スルタン、アフメット2世が建てさせた。
スルタンが「アルトゥン(黄金)のミナレットを」と命じたところ、「アルトゥ(6本)のミナレット」と聞き間違えて建てられた、という逸話でも有名である。
モスクのドームは高く、広く、ステドグラスやドーム内の装飾はブルーを基調にした美しいモスクだ。
モスク内の見学は自由に行え、観光客は多いが信者は閑散としていた。
絵を描いたような、オスマントルコ風のフェズ帽を被った信者たちが一心不乱に祈りを捧げる、という図はこのときは幻に終わった。
胃が重く、頭が痛いまま体を鞭打ち隣のアヤ・ソフィア聖堂へ移る。
537年、ユスティアヌス帝が6年もの歳月をかけてギリシア正教の大本山として建立させた。
時は移ろい1453年、コンスタンティノープルを陥落したメフメット2世がただちにモスクとして改修した。
メフメットはキリスト象などを破壊し、偶像崇拝につながる聖母ほかモザイク壁画はすべて漆喰で塗りこんだ。
現在では、その漆喰は落とされ、モザイク画が再び世の光を浴びている。
破損をかろうじて免れた聖母マリアの微笑みに笑みを返す気力もなく、旧市街観光3点セットの残るひとつであるドプカプ宮殿に向かう。
写真:http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/
―― 白い歯 ――
新市街の中心地アタチュルク広場からそのまま旧市街地の観光に向かう。
怠惰な体をひきずるようにして、6本のミナレットがそびえたつ大きなモスクにいる。
このモスクはブルーモスクの愛称でしられ、1616年、スルタン、アフメット2世が建てさせた。
スルタンが「アルトゥン(黄金)のミナレットを」と命じたところ、「アルトゥ(6本)のミナレット」と聞き間違えて建てられた、という逸話でも有名である。
モスクのドームは高く、広く、ステドグラスやドーム内の装飾はブルーを基調にした美しいモスクだ。
モスク内の見学は自由に行え、観光客は多いが信者は閑散としていた。
絵を描いたような、オスマントルコ風のフェズ帽を被った信者たちが一心不乱に祈りを捧げる、という図はこのときは幻に終わった。
胃が重く、頭が痛いまま体を鞭打ち隣のアヤ・ソフィア聖堂へ移る。
537年、ユスティアヌス帝が6年もの歳月をかけてギリシア正教の大本山として建立させた。
時は移ろい1453年、コンスタンティノープルを陥落したメフメット2世がただちにモスクとして改修した。
メフメットはキリスト象などを破壊し、偶像崇拝につながる聖母ほかモザイク壁画はすべて漆喰で塗りこんだ。
現在では、その漆喰は落とされ、モザイク画が再び世の光を浴びている。
破損をかろうじて免れた聖母マリアの微笑みに笑みを返す気力もなく、旧市街観光3点セットの残るひとつであるドプカプ宮殿に向かう。
ソフィア聖堂の裏手から宮殿の総門をくぐる。
門にはスルタンの衛兵ならぬ現代の兵士が立っていた。
門を写真に収めようとしたら、通りがかりのおじさんに「ダメダメ」と注意された。
トルコでは警官、兵隊、軍事施設の撮影は禁じられている。
ドプカプ宮殿の宝石類にはあまり関心をもてず、宮殿内の見学もそこそこに私は第3庭園のテラスでボスポラス海峡を眺めながら、トルコではじめてのチャイを飲んでいた。
ようやく英気がみなぎりそうだった。
続いて、すぐ近くにあるユスティアヌス帝の地下宮殿(イエバタンサライ)へ行く。
ここは有料で1万トルコリラ(約300円)払わなくてはならない。
民家のような入口から階段を降りると、地下貯水場だった。
366本の円柱が支えている。
一番奥にライトアップされたメドゥーサの首の像がなぜか逆さに円柱の土台になっていた。
場内は常にムソグルスキーの展覧会の絵?プロムナード?が流れており荘厳な雰囲気を醸し出そうとしているようだが、ここは宮殿ではなくやはり貯水場である。
観光というものはいつもどこでも、かくも退屈なのかどうかはさておき、私は体調不良に悩まされながら歩きつづけた。

私にとって救いようのない印象のトルコを近づけてくれたのは、やはりひとである。
「ちょっとちょっと馬場さん」
スルタンアフメットジャミィから出た広場の階段に腰掛け、正面に建つアヤソフィア聖堂をぼんやり眺めていたときのことだった―――。
「馬場さん」といきなり私は袖を引かれ、顔を見やると絵葉書を掲げた白い歯をこぼさんばかりの少年の笑顔だった。
私をなぜか馬場さんと呼ぶ少年はどうみたって7才か8才くらいの年頃だ。
「ぜーんぶで10ドル」と日本語でその葉書を売りつけようとする。
「10ドル?!」
「ノーノー!1ドル」と少年は慌てて訂正した。
少年は私に脈があると読み取ったのか、チョコンと私の隣に座り、私に絵葉書を渡した。
少年は満足そうにまた一段と白い歯をみせ笑いながら、彼の楓のように小さな手のひらを二つ差し出した。
「なんだ、やっぱり10ドル?」絵葉書5枚が10ドル(笑)。
トルコならずとも観光地でこうした怪しげな物を売ろうとする商売人はいずこも同じだが、まだ年端もいかない少年の物売りとは恐れ入る。

白い歯をこれみよがしにみせつける笑顔にだまされそうな愛くるしさだが、彼を相手にするには今日の私はあまりにも体調が悪すぎる。
機嫌もそのうち悪くなり、相手にしないことにした。
それに、午後からでかける予定のグランドバザールではこの少年以上にひっきりなしに襲いかかってくるであろう魑魅魍魎たる商売人攻勢を思えば、いまこんなところで気を許してはならぬ。
少年ごときに足元をすくわれてはならぬのだ。
しかし、白い歯に心を少なからず奪われた私が愚かだった。
彼らにとって組しやすいカモと見られたのか、私はこの少年―仮に少年Aとしておこうか―のみならず、駒のようなものを持った少年B、音が鳴ると踊りだすトルコの兵隊をもつ少年Cなど、その他大勢の土産物少年たちに瞬く間に包囲されてしまったのだ。
私は彼らの輪をほどいてアヤソフィアへ向かおうとするが、私を取り囲む一団そのままの大移動となってしまったのである。

さすがはオスマントルコの末裔たち、少年たちも「敵を包囲する」戦法が得意だ。
いや、関心している場合ではない。
アヤソフィアへ通じるローマ競馬場跡地広場のオベリスクの袂では、善良そうなドイツ人老夫婦が別の少年グループに包囲されているではないか。
私は小心で謙虚で思慮深い島国のひと、を演じつづけた。
いや演じずとも小心だけは本性だが。
私はなおも無視を決め込み、途中ベンチに座る余裕も見せた。
少年たちはベンチを取り囲み、私を見て何か言い合いっこしては、歓声をあげて笑っていた。
私をからかっているのは一目瞭然だ。
私は少年たちが去るのをあきらめて、アヤソフィアへ向かった。
どんどん早足になるのが自分でも滑稽だった。
しかし、あそこに入場してしまえば、もうタカリは去るしかないだろう。
トルコの観光地には軍人や警官がわんさかといる。
今しがたも薄茶の制服を着た警官が通り過ぎていった。
少年たちは身のこなしのすばやさに感心するくらい、いつのまにか私から離れて歩いていた。
少年たちはトルコも学校が夏休みに入ったからなのか、家計の助勢のため必死に働いているのは理解できる。
もしくは、彼らは助勢どころか家計の柱であるのかもしれない。
ふと、今朝空港から通ってきたテオドシウス城壁のジプシーたちのことを思い起こした。
しかし、哀れみで絵葉書5枚を10ドルはさすがに躊躇する。
少年のなかには離れ別の上客を求めて私からだす者もおり、ひとりまたひとり脱落していった。

アヤソフィアの入口はすぐそこだ。
見学は有料で、入場口には検問らしき軍人や警官が大勢暇そうにたむろしているではないか。
私の「沈黙は金なり」という完全勝利は間近だ。
しかし、最初の絵葉書少年Aだけはなおも私に食い下がった。
すでに彼から白い歯は消え、目の光までも失っているように感じて恐怖すら覚えた。
私は彼がジプシーであると、正しいかどうかはともかく、その目をみて直感した。
私の額や腋の下から流れ落ちる汗は決してしだいに速まった歩き方やうだるような暑さのせいばかりではあるまい。
ようやくアヤソフィアの入場口にたどり着いた。
少年は私から紙幣を奪い取ることをあきらめ戦略を劇的に変えてきた。
「馬場さん、タバコをくれ」
元の白い歯の笑顔が戻る。
あとで知ったことだが、「馬場さん」は私の思い違いで、「ババ」とはトルコ語で「父」のことである。
親しみと尊敬を含む敬称でもあるらしい。
私はヤレヤレという、安堵感から彼の胸ポケットにマルボロを一本さしこみこう言った。
「君にじゃないよ。
君のお父さんの分!だよ」
「兄も3人いる!」
私は呆れて顔を横に振った。
そのやり取りを遠めにしてみていたのであおう、ひとりの警官が何やら怒鳴って少年を追い払った。
「このトルコの恥さらしめ!」などと罵っていたに違いない。
私はようやく解放されたが、その別れ方に一抹の寂しさを感じるものがあった。
入場料を払い、アヤソフィアへ入るとき呼び止められた。
「ちょっとちょっと馬場さん。
落ちましたよ」
私はびっくりして、慌てて足元を振り返った。
足元には何も落ちてなく、顔をあげると、警官たちの無数の白い歯があった――。

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